加害者か?被害者か?

こんにちは。フェムケアお伝え係内田登代紀です。
2022年昼と夜が等しい長さになる春分の日(宇宙元年とも呼ばれる)に長いひとりごとを書きました。よかったら読んでいただけると嬉しいです。

===========

たとえば、愛する大切な人を誰かに殺されたとする。
悲しみの底に落ちて、もう立ち上がれないかもしれない。

怒りに満ちて狂い、復讐を考えてしまうかもしれない。
多かれ少なかれ、人間には
「許せない。」
という気持ちをもつことがある。


わたしは、過去に性的被害を受けたことがある。
そんな心に深い傷を負うような経験はもちろん、ないに超したこはない。そして
当然ながらわたしにとっては、犯人を許す必要もないと思う。
だけど、
その強烈な経験がきっかけとなって
わたしは
人間の「心」というものに更に
とても興味をもつようになった。

なぜなら、
後から思い出したときに
その犯人の目の奥からみえた感情は
強い「寂しさ」と「悲しみ」だったからだ。

とても
悲しそうに苛立っていた。
もちろん、その現場で表面に出ている狂気は·····
「怒り」の感情。
男のひとの力は、とても強く、恐ろしい生き物だ。
当然ながら、対する被害者(わたし)にとっては、単に「恐れ」でしなくパニックになった。

でも後から静観してみると、何度思い出しても
彼の表の「怒り」の感情の裏側にあったものは…
「寂しさ」と「悲しみ」だと思い出した瞬間から、わたしの中から
「被害者意識」は、消えた。

言動を自制できるということは、
社会のなかで生きる以上、当たり前に必要なことで、⁡
⁡それを通常、家庭や学校・地域などで教育されて育つ。

忍耐力の弱い者たちにとっては、モラルを守るための規則や罰則も必要だろう。

ただ、そうして
起きてしまった「表面的な問題」にだけに着目し
犯罪者を拘置し、ある程度の年月で釈放させ…
その流れで果たして、このような事件が
無くなるのだろうか?

加害者と呼ばれる人たちも
その生い立ちの中で様々な影響を受け、適切な教育を受けられなかったなどの原因から、自分をコントロールしない(できない)人間に育った·····社会的「被害者」であることに違いはない。

わたしにを襲った犯人は、
結局、警察に逮捕されないままだ。

ということは「加害者」と呼ばれてすらいない、ということになる。

そのように単に捕まっていないだけで、人を傷つけ犯罪に値することをしている人たちは山ほどいるし、
逆に、通報していないだけで、被害者に値するほど傷つき心に痛みを抱え続け生きているたちも、たくさん存在している。

いやむしろ、その数の方が多いのだ。
検挙された事件の数なんて、氷山の一角に過ぎない。
ちょっと観点をずらし
もし「罪」の概念を、もっと広くとらえたならどうなるだろう。

多かれ少なかれ、嘘をついたことのない人間や
罪を犯したことのない人間なんて存在しないではないか。


かくいうわたしも、子どもの頃からカウントすれば嘘なんて何回ついたかわからない。約束を守れないことも沢山ある。
交通規則に至っては正直「捕まらなければいい」くらいに思ってる。
周りの誰かをウッカリ傷つけてしまった経験もたくさんあるし、傷つけたことすら、自覚できたことの方が少ないかもしれない。⁡

…⁡完全に犯罪者の素質があるということだ。

それに…

どの人も毎日、
植物や動物たちの「命」を殺して食べることを楽しみ、
のうのうと笑って生きている。

つまり
誰しもが加害者だし、
誰しもが被害者だということだ。

そういうことを考えてたら·····
あるとき、わたしは
すごいことに、気がついてしまった。

その「悲しみ」や「寂しさ」を
「怒り」に爆発させてしまう行動というものは「教育」で変えられる。(だから…心を育てるほんとうの教育は必要だと思って、わたしは活動を続けたい)
でも、じゃあ……
そもそも、その⁡
⁡「悲しみ」や「寂しさ」がやってくる根源は一体どこから……?ということについて気づいたんだ。

それは…「愛」なんだよ !
愛!
もともと、わたしたちには⁡

愛の存在だから「寂しさ」を感じ
愛の存在だから「悲しみ」を感じ
そして、それらが塊になって「怒り」となる。
一体それのどこに、
…「悪」があるのだ??
自分の存在そのものが
「愛」であるということ。
自分から湧いてくる、この感情や欲求が
「愛」からきているんだ、ということに目覚めるだけでいいのではないか?

自分の弱さや、傷つきやすさや、不器用さを、
よく理解しているひとほど、
より他者に優しくなれるものだ。
たったそれだけのこと。

全ての感情の源が「愛」からなんだと知れば、
その「苛立ち」や「怒り」の感情を
自分でやさしく解くことが可能になる。

「怒り」の感情を無くす…のではなく(そもそも無くならない)
また
「怒り」の感情をコントロール抑えこむのでもない。
(押さえ溜め込むと…いつか爆発する。怒りを爆発させることは、快だからだ。)
もし、ひとりひとりが
「怒り」の感情を丁寧に解くスキルをもてれば…
さらに素敵な世界へ生まれ変わる気がするのは、わたしだけだろうか。


人間もそろそろアップデートの時期だ。
覚悟して共にこの激動の世界を楽しもう。

⁡@toyoki_uchida

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です